過去の判例
事例1(最高裁判所 平成17年12月16日判決)
契約書には「通常使用に伴う汚損は借主負担」「借主は契約書の修繕費負担区分表に記載されている費用を退去時に支払う」と書かれていたが、いずれも認められないとした最高裁判所の判例
→借主は、平成10年2月1日、敷金35万3700円、月額賃料11万7900円で賃貸借契約を締結した。賃貸借契約、補修費用の負担基準等についての説明が記載された「すまいのしおり」と題する書面等が配布され、約1時間半の時間をかけて、被上告人の担当者から、特定優良賃貸住宅や賃貸借契約書の条項のうち重要なものについての説明等がされ契約を締結した際、本件負担区分表の内容を理解している旨を記載した書面も締結している。
要補修状況を記載した「基準になる状況」欄の文言自体からは、通常損耗を含む趣旨であることが一義的に明白であるとはいえない。したがって、本件契約書には、通常損耗補修特約の成立が認められるために必要なその内容を具体的に明記した条項はないと言わざるを得ない。通常損耗補修特約の内容を明らかにする説明はなかったと言わざるを得ない。そうすると、上告人は、本件契約を締結するに当たり、通常損耗補修特約を認識し、これを合意の内容としたものということはできないから、本件契約において通常損耗補修特約の合意が成立しているということはできないと判断された。
事例2(東京簡易裁判所 平成14年7月9日判決)
国土交通省ガイドラインによる借主負担率の計算で敷金が返還されたケース
→借主は、平成11年3月、敷金14万2000円、月額賃料7万1000円で賃貸借契約を締結した。借主は、平成13年3月、契約を貸主と合意解除し、本物件を貸主に明け渡したが、貸主は借主に対し、物件の壁ボードに空けられた穴、その他の修理費及び清掃業者による清掃費用等、原状回復費用として合計24万4100円を支出したとして、借主に返還すべき敷金14万2000円及び日割戻し賃料1万1774円の合計15万3774円を対等額で相殺した後の残金 9万326円の支払いを求めてきた。他方、借主は、敷金の精算に関しては、壁ボードの穴の修理費用のほかは、借主の負担はない、その修理費用は保険の適用を受けて支払うとして、敷金を含む15万3774円の支払いを求めてきた。
壁ボードの穴については、借主の過失によるものであることに間違いないので、借主は修繕費用全額1万5000円を負担すべきである。壁ボードの穴に起因する周辺の壁クロスの損傷については、少なくとも最小単位の張替えは必要であり、これも借主が負担すべきである。なお、その負担すべき範囲は約5㎡であり、 本件壁クロスは入居の直前に張り替えられ、退去時には2年余り経過していたから残存価値は約70%である。そうすると借主が負担すべき額は㎡単価1200 円に5を乗じた金額の60%である3600円となる。台所換気扇の焼け焦げ等は、借主の不相当な使用による劣化と認められる。なお、換気扇が設置後約12年経過していることから、その残存価値は新規交換価格の10%と評価される。よって借主は、換気扇取替費用2万5000円の10%の2500円を負担すべきであると判断された。
事例3(仙台簡易裁判所 平成8年11月28日判決)
通常使用の範囲内の汚損・損耗は毎月の家賃でカバーされていると判断したケース
→借主は、貸主との間で平成2年2月28日アパートの賃貸借契約を締結し敷金19万8千円を支払い平成6年3月31日に合意解約し、貸主は同日、本件部屋を退去した。退去後、借主立会いのもと立会い業者が本件部屋の点検をし、立会い業者が修繕をすると判断した箇所及び見積額を記載した「退去者立会点検見積書」を作成したうえで、借主にサインを求めたが、借主は鮒に落ちなかったため、一旦は拒否した。しかし、立会い業者から立会いについての確認の意味でのサインを要請され、借主はサインしたが、その場で金銭は支払わなかった。その後、貸主は補修工事(畳修理・ふすま張替え・壁修繕・天井修繕・床修繕・ハウスクリーニング・玄関鍵交換・消費税)を実施し、33万6810円を出損したため、賃貸借契約書の原状回復義務及び修繕特約に基づき、借主に対して修繕費等から敷金を控除した残金の支払いを求めた。
これに対して借主は、上記修繕費等のうち、ハウスクリーニング代と玄関鍵交換代及びその消費税以外は、賃借物の通常の使用による損耗であるから、支払い義務はないと主張した。
住居用の賃貸借においては、賃借物件の通常使用による損耗、汚損は賃料によってカバーされると解すべきで、その修繕を賃借人の負担とすることは、賃借人に対して新たな義務を負担させるものであり、そのためには賃借人がこの義務について認識し、義務負担の意思表示をしたことが必要である。
しかし、本件契約締結にあたってこの新たな義務設定条項の説明がなされ、借主が承諾したという証拠はないため、修繕特約によって新たな義務を負担するとの部分は借主の意思を欠き無効である。修繕特約は通常賃貸人の修繕義務を免除したにとどまり、更に特別の事情が存在する場合を除き、賃借人に修繕義務を負わせるものではないと解すべきところ、本件において、特別の事情の存在を認めるに足りる証拠はない。
以上から、貸主からの請求のうち、借主が支払い義務を認めるハウスクリーニング代と玄関鍵交換代及びその消費税以外は支払い理由がないと判断された。